初恋
      *


 気が付くと、お父さんがダイニングルームの床に俯せに倒れていた。血が床に広がっていく。私は包丁を握っていた。真っ赤な包丁だった。不思議だった。


 もっと体がブルブル震えて、包丁を放り投げて、キャーって叫ぶかと思った。私はただ立っていた。現実がよくわからない。ホント? ここは現実? ふわふわしていて、何だか夢の中みたい。


 私は上半身裸なのを思い出して服を着ようと思った。包丁をテーブルに置いてから上着を手に取った。でも、着る前に私の体が真っ赤なのに気付いて、タオルで綺麗に拭き取ってから上着を着た。


 ストンと椅子に座る。ハンバーグに血がかかっていた。ケチャップとは違う独特の液体。水とケチャップの中間程のとろみ。私は急に吐き気がした。胃がぐるぐるして気持ち悪い。私は流しに走り寄って、胃の中のものを吐き出した。黄色い液体と細かいハンバーグの塊が流しに溜まって、気色悪い。鼻から胃酸が出てヒリヒリする。


 私は嗽をして、また椅子に戻った。血に染まったハンバーグが盛り付けられた皿を遠くに放り投げる。ガシャンと音がした。


 私はテーブルに蹲った。悲しくもない、悔しくもない、嬉しくもない、私は現実を理解していない。


 ブーと携帯が鳴った。私はポケットから携帯を取り出して、ディスプレイを見る。山田くんだった。そういえば学校で電話番号を交換したんだった。私は通話を押す。山田くんの声が聞きたかった。こんな状態で何故そう思ったのかよくわからない。もしかしたら、恋をしたかったのかもしれない。


「もしもし」


「あ、ごめん、今大丈夫?」


 山田くんの声は少し緊張していた。


「大丈夫だよ」


「あのさ、明日に返事聞くって事だったんだけどさ、我慢できなくなって電話しちゃったよ。今無理なら明日でもいいんだ」


 山田くんは何度もその台詞を復唱してたみたい。喋り方がぎこちない。


「いいよ」


「え?」


「付き合おうよ」


「本当?」


「うん」


「ありがとう」


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