ネットワークライダー『ザイン』

「ほらママ、ねえ見てみて鳥さんだよ」


 まだ足元の覚束ない小さな男の子が母親の手を振りほどいて駆け出した。


「危ないから走っちゃ駄目よ、あ……どうもすいません」


 母親が思わず頭を下げる程のオーラを放つ男がそこに座っていた。彼の周りを取り巻いているどす黒い雰囲気を察知した彼女は、いっときも早くその場を離れたかったのか、足早に我が子を追いかけていった。彼女の背中を見送る男は片頬を吊り上げて呟く。


「ふふ。庶民共、お前等は俺にひれ伏す為に生かされているんだからな」


 タブレット端末をカーゴパンツの腿ポケットにねじ込みながら呟く男は、今まで座っていた公園のベンチから立ち上がった。

 その頃には朝から吹いていた冷たい風も止んで、東京は麗らかな小春日和の暖かさに溢れている。ポケットに隠れていたり、手袋の中に収まっていた人々の手のひらも、束の間の温もりを求めてその肌を外気にさらしている。

 男はいかにも高級そうな革のジャケットを脱いで肩に担ぐと、和らいだ空気とはまるで釣り合っていない狡猾な表情を隠しもせずに歩き出した。

 ガードレールを飛び越え、そこに停まっていた深紅の車のコクピットに沈み込む。


  カシュッブロォォオン


 セルモーター1発でエンジンを始動させ車上の人となった男は、その独特な赤を身に纏った流麗なフォルムの車を操って、一般車両の間を縫いながら風のように駆け抜けて行く。

 車窓に写る景色は瞬く間に趣を変え、都会の喧騒とは無縁の高層マンションが建ち並ぶ海岸通りを映し出した。


  ファゥン ファゥゥウン ファゥゥゥゥウン


 バイクのようなエンジンブレーキの音を最後にその車が飲み込まれたのは、高級マンション群の中に在ってもなお一際煌びやかな印象を受ける外観のそれだった。

 指先の静脈と暗証番号に依る認証システムの有る地下ゲートを抜けて、その燃えるように赤い車体は自らのねぐらで息を潜めた。


  カチャ


 男はドアを開け、辺りを窺うとまだ底冷えのするコンクリートにカツンと靴音を響かせ降り立つ。


  ダンッ


 そしてその完璧に密閉されるドアを閉じて向かったのは、駐車場からエレベーターホールに続く、歩行姿勢認証ゲートが付いた廊下。

 予め登録してある歩行姿勢をコンピューターが判断して、エレベーターに乗せるかどうかを判断する防犯装置だ。

 ここで住人と認められなければまた静脈認証を受け、暗証番号を打ち込まなければならない。


「お帰りなさいませ」


 冷たさを感じさせない上質の電子音声と共に、エレベーターのドアが開く。階数ボタンを押さずにいても自動的に最上階へと、瞬く間もなく男を運んだ。



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