ネットワークライダー『ザイン』
「最近、気圧調整装置がおかしくなっているみたいだな」
頻りに唾を飲み込みながら45階に降り立った男は、自らの城の前に立ち、コンピューターの認証を待っている。明るいエレベーターホールは目の前に有る一つのドアだけの為だけに作られたもので、ドアそのものの大きさも通常のマンションのそれより三倍程もある。
男の服装はシンプルだが、細かく目を凝らせば自ずとその仕立ての良さが解るものだったし、時計やバックル等の小物も細部まで装飾が施された如何にも値の張りそうな逸品だ。毛足が長い絨毯に埋もれた革靴さえ、カジュアルなデザインながらもその高級感は隠せない。
玄関脇のモニターに音声、体格他、それぞれの認証結果が表示され、総合評価92.5%でドアの鍵は開いた。
「おお、珍しく低いポイントだ。ここの所寝不足続きだったから、顔がむくんでいたのかも知れんな」
3Dポリゴン認証が78.5点だった評価を見て、男は頭を掻きながらドアノブを引いた。
「……!」
そのただならぬ空気を察知し、重々しく存在感を誇示している玄関ドアから慌てて男は飛び退いた。
「わははは、わはははははは」
聞き覚えの有る声をドア越しに耳にして、不快感を隠そうともせず、男はまた乱暴にノブを引き寄せる。
「はははっ。敵が多いんだなぁ、瀬戸さんは」
そう言いながら無遠慮にタバコを吹かしている男に毒づかれ、瀬戸と呼ばれた男は彼にジャケットを投げ付けて言った。
「貴様がここに来ているという事は、いよいよアレを本格的に稼働出来たという事だな、鴻上コウガミ博士」
吸っていたタバコを大理石で出来たテーブルにこすりつけて揉み消すと、博士は言う。
「生憎、今はもう学会からも除籍になり、博士号も剥奪されたんで、ただの鴻上ですよ」
醜く焦げ痕の付いたテーブルを火の点くような眼差しで見詰めながら瀬戸は吐き捨てる。
「貴様、ここでタバコを吸うなと何度言ったら解るんだ!」
「そんな事仰ってましたっけ? いや、頭を使うとタバコが欲しくなるんですよ。そんな事より……この通り成果は出したんだ。お金の話をしませんか」
胸ポケットから潰れた箱を取り出し、曲がったタバコを1本口に咥えて火を点けると、鴻上はその口角を不敵に吊り上げる。
「どうですか。どうせ何の苦労もしないでお金を稼いでらっしゃるんですから、真面目な科学者に投資するおつもりで……」