ネットワークライダー『ザイン』
画面一杯に表示された文字は、一見すると何の意味もなさないと思われた。漢字も記号も数字もない交ぜにして、目にも留まらぬ早さで入れ替わっている。
息を飲んで画面を見詰める瀬戸。
静まりかえったパソコンルームに、巨大なアロワナが立てる小さな水音がポチャンと響いた。
「これがこの研究の鍵だったんです。さあ、あちらをご覧下さい」
鴻上が指差した方を見遣ると、さっきの猫がプロジェクターからの光線を受けてぼうっと光を帯びている。
「画面に表示されているのは、この猫の命なのです」
「い、命……」
瀬戸は生唾をごくりと飲み込んで鴻上の言葉を繰り返した。
「そう。この何の規則性も無いように見える表示のパターンが、実は90秒毎に或る一定の規則性を持って繰り返しているんです。
それが個体毎に違っている。遺伝情報を表す遺伝子のように、命そのものを司っているのがこの90秒サイクルなんです」
打ち合わせの為に作られた教室程の広さが有る部屋へ勝手に移動した鴻上は、ホワイトボードに相関図を書きながら概要を説明した。
「ここからは専門的な話になるので割愛しますが、送信側と受信側、双方でこの90秒サイクルを再生していないと、生物の転送は出来ません」
「もしその再生をやめたとしたら?」
我が意を得たりと振り返った鴻上は、薄気味悪い笑いを浮かべてゆっくりと答えた。
「両方が再生を停めると、その時点でその生命は、失われます」
「片側なら?」
彼は瀬戸の質問に可笑しくて仕方がないといった体テイで腹を抱え込み、笑いを堪えている。
「そいつは信号として、生きたままネットワークの中をさ迷い続ける事になるでしょう」
「と、いう事は……ただの信号になってしまった生き物が居る。という事だな、そうなんだな?」
鴻上の答えを急かすように瀬戸はにじり寄りながら質問する。
「さすが察しがいいですね。動物は勿論沢山居ますが、実は人間も2人、ただのソフトウェアとしてネットワークに存在していますよ」
「実験結果が全てと言い切るお前だからな。
深くは聞かないが……どうせ下らない人間関係のもつれを、実験序でに精算でもしたんだろう」
そう言って瀬戸は一輪挿しに挿してあった花を床へと投げ捨てた。鴻上はそれを見てほくそ笑んだが、その鴻上を眺めていた瀬戸は、小さく頷いていた。