彼×彼女の恋事情
おじいさんがいきなり私にまた顔を近づけてきた。

うわわわっ!! 近い近いー!! 近すぎだってば!!
ドアップキツイっ!!

おじいさんは今回は顔をすぐに離し、奥にあるテーブルに案内してくれた。
はぁ、良かった。ドアップから解放。

そして、そういえば、と思い出す。

おじいさんはさっきもああやって顔を近づけてきたのに彼が出てきた瞬間私の視界から消えていたのだ。

もしかして気ィ使って避けてくれたのかな?

変なおじいさんだけど意外といいとこあるなーと、避けててくれたことに感謝する。まぁ、実際なんでいなくなったのかは分からないのだけど。

そしておじいさんに案内されたテーブルに着き、私と彼は椅子に座った。
おじいさんが一旦どこかに引っ込んだかと思うとすぐに紅茶とクッキーを持って戻ってきた。

その間、向かいに座った彼は一言も発することはなく、ただうつむいていた。

「では後は若いお二人さんでお楽しみくだせぇな」

そう言っておじいさんが引っ込もうとした。
彼が勢いよく顔を上げて、待って……と言ったが、おじいさんはワザとのようにそれをスルーすると、奥に引っ込んでしまった。

あーあー、どーすんだ私。
何話すの!? 何話せば彼びびらない?

数十秒、沈黙が訪れた。彼はひたすらうつむいていて、もちろん彼から話そうとする気配はない。

…………仕方ない。

「私は今村香奈。あなたは?」

私が話しかけると、彼はぱっと顔を上げた。
そして何か呟く。

「…………ろう」

どうやら名前を言ってくれたらしいのだが、声が小さくて聞き取れない。
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