氷の女王に愛の手を

世界選手権の出場枠を争うとても大事な国内試合。


いくら世界選手権の出場が内定しているとはいえ(グランプリファイナルで日本人最高順位に立つと、全日本選手権に出場するという条件付きで内定がもらえる)コーチが不在のまま試合に出るのはあまりに無謀だ。


技術的な指導はもちろん、精神面でのサポートもコーチが一手に引き受ける。


その人物がいないとなると選手としては不安だし、ジャンプなどが乱れたとき自分一人で対処しなくてはならない。


いくら内定しているとはいえ、あまりにも酷い演技なら内定を消されることだって十分ありえるというのに。


美優は全く意に介していないようだ。


「んじゃ、先にリンクに行ってるから。早く来てね」


「あ、おい! 待てって!」


伸ばした手は、空を掴んで停止した。


本当に美優は、マイペースというか何というか。


「俺も練習があるんだけど……」


肩を竦めて苦笑い。


この苦笑は美優に対してのものなのか、それとも急いで出かける準備をしている俺に向けられたものなのかは、本人すら理解できないのであった。
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