ロマンス@南国
 ただ、あたしは秋田という東北の田舎の県に生まれ、高校時代までそこにいた以上、東北の人間らしいところはあるにはあった。


 実はあたしが今やっているクラブ、キュロールで数年前の春先、東京国税局の査察部の人間が数名やってきて、ボーイをやっている寺井憲次に任意で事情を聴きたいと言い出したのだ。


 寺井は普段から、五反田にある自宅マンションに多額の現金を隠し持っていたらしく、国税の人間がそれを嗅ぎ付けてきたらしい。


 どこから情報が漏れたか、あたしにも寺井本人にも見当が付かなかったが……。


 ただ、査察官が来てもあたしはじっと黙っていて、一言も喋らなかった。
 

 生粋の東北人であるあたしは、黙り込むというのが実に得意だったのである。


 国税査察官――、いわゆるマルサが店内にある寺井のロッカーを調べたが、何も見つからなかった。


 五反田のマンションにも捜索が入ったが、寺井は巧妙にも金銭類を架空の複数の名義人を名乗って、いろんな口座に分配し、プールしていたのだ。


 もちろん闇なので、寺井以外は誰も知らないし、あたしも全く知らされていなかった。


 寺井は査察に入られる寸前に、金銭の類を隠して、あえて脱税を図ったのだった。
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