ロマンス@南国
 肝心のモノが出てこなければ、査察自体が失敗で、国税も諦めざるを得ない。
 

 寺井も実は岩手出身で、あたしと同じ東北人らしく口数が少ない。


 あたしは査察官が帰って数日が経ち、ウイークデーの夜に寺井に言った。


「寺井君、やっぱしあなたもみちのくの人ね」と。


 彼が黙って頷く。


 あたしが故郷で唯一得たのは、実に沈黙というものである。


 それから先、あたしは一番国税の人間が入りやすい銀座界隈でも密かに噂の人となった。


 それだけあたしも修羅場を潜り抜けてきたのである。


 だが、あたしは今乗っているタクシーの車内で、目の前にいる喬にはその手の話はしたくなかった。


 あたしが仕事仲間の脱税の幇助(ほうじょ)までしたことを話してしまうと、彼が仰天しかねないと思ったからだ。


 それにあたしが寺井とつるんでしてしまったことは、もうすっかり過去のことで、実際問題これ以上関わりたくない。

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