月影

別れの羽音

岡ちゃんと一緒に街を歩いている時、女の人と腕を組んで歩いているジルを見た。


それはまるで、景色の中に溶け込んでしまいそうなほど自然で、前より少しだけ、胸の痛みを感じた気がした。


そういえば、男の人と歩いてる姿も見たっけ。


ひどく冷たい瞳をしていて、やっぱり遠い存在のように思えたんだ。


あたしにはあたしの日常があって、ジルにはジルの日常があって、きっと別々の世界を生きているってことだろう。


わかってるから、ちょっとだけ悲しかった。



「…パスタ、ねぇ。」


背後から聞こえた不服そうな声色に顔だけで振り返ってみれば、咥え煙草の彼は白灰色を吐き出した。


部屋の中にそれとカルバン・クラインの香りが広がっているこの時だけは、少しばかり安堵している自分が居る。



「不満なんですかぁ？」


「不満っつーか、そもそも俺は、飯なんか食わなくても酒と煙草とお前とのセックスだけで生きていけんだよ。」


「アンタがそうでも、あたしはご飯食べなきゃ生きていけないんだよ。」


「へぇ、そう。」


とにかくジルは、あたしの調理を邪魔したがる。


嫌がらせなのかとも思うけど、でも、怒れないあたしは相変わらず甘い。


今日だって突然来たかと思えば、「ホワイトデーを祝うため。」なのだと言っていた。


そんなの祝うモンじゃないし、それ以前にあたしはバレンタインにさえ何もあげてない。


それでも口実めいた言葉に笑ったりもして、とっくにホワイトデーなんて過ぎてることには目を瞑ってあげたのだ。



「飯なんかどうだって良いだろ？」


「それは、ご飯作ってる最中に来た人が言う台詞？」


我が儘だよねぇ、と言ってやると、彼は不貞腐れるようにソファーに逃げた。


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