月影
「レナ、酒出して。」


「あのさぁ、あたしは酒屋じゃないんだよ。」


それでもいつものようにビールを出してやって、ジルの分のパスタまで準備しているあたしってどうなんだろう。


こんな瞬間が自然だからこそ、逆に不自然なことばかり頭に浮かんでしまうんだ。



「お前、俺が来ても嬉しくねぇわけだ?」


「…そんなこと言ってないじゃん。」


少し睨むような顔に、あたしは自然と語尾が小さくなっていく。


ただ、喜べば喜ぶほど、あとで虚しさや寂しさに襲われることが怖いだけ。



「俺さ、帰るわ。」


ひとつため息を落とし、うんざりした顔で向けられた背中に、「待って!」と、気付けばあたしは引き留めるように抱きついていた。


言葉の代わりに回した腕に少し力を込めると、呆れられそうで怖かった。


ジルは振り返り、瞳を僅かに揺らすあたしを確認すると、頬へと手を添える。



「…ごめん。」


落ちてきた瞳に先に耐えられなくなったのはあたしの方で、沈黙を破るようにそう呟いた。


ジルはまたため息を吐き出しながら、瞳の色を少しばかり悲しげなものに変えてしまう。


唇が落ちてきて、半歩足を引くと背中に壁を感じ、そのまま彼はあたしをそれへと押し当てるように舌を絡めてきた。



「悪ぃ、マジ。」


「…ジル?」


恐る恐る問い掛けてみても、視線を逸らした彼の気持ちは何も見えないまま。


ただ、死にたそうな顔してて、不安ばかりに襲われる。


ごくたまに、彼はまるで情緒不安定といった様子になることがあって、必死で何かと闘ってるような、辛そうな顔をするのだ。


酔っ払ってあたしを犯すような時とはまた違う、何かを抱えているようにさえ見えるのだから。

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