月影
「俺な、別にお前とケンカしたいわけじゃねぇんだよ。」


「…うん。」


「誰かとケンカして一日を終えんのも嫌なんだ。」


「…うん。」


ポツリ、ポツリと言葉は宙を舞うけれど、まるで自分自身に言ってるみたいな台詞に、あたしの相槌はあまり意味を持たない気がした。


多分、ジルなりに何かを吐き出しているのだろうけど、その意味さえもわからず、不安感は拭えない。


震えてる子供みたいな顔の彼の体に腕を回し、あたしは何も聞かずに背中をさすった。



「俺、何やってんだろうな。」


何で生きてるのかな、って聞こえた気がした。


ジルが壊れてしまいそうで怖くて、やっぱり何も言ってあげられない。



「ごめんね。
あたしは別に怒ってたわけじゃないし、帰ってほしいわけでもないよ?」


結局、こんな言葉が精一杯だ。


感情を表すのが極端に下手なくせに、あたしと同じように嫌われることを恐れているようにも見える。


まるで腫れモノに触ってるみたいで、この人も、この人との関係も、脆いものなんだと思った。


部屋には西日のオレンジが斜めに差し込んでいるけれど、抱き合う玄関のこの場所までは、それも届かない。


春の始まりだとしても、ジルの体は変わらず冷たいまま。



「何かあったんならさ、ちゃんと吐き出しなよ。」


そう言ったあたしに彼は、諦めたように少しだけ口元を緩めた。


ジルの吐き出すってことは言葉にすることじゃなく、あたしを抱くということ。


優しい指先が、今日ばかりは不安になった。


気を使ってるだけか、それとも別の誰かを想っているのか。


そんな思考に陥り、あたしは身を委ねるように目を瞑る。

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