月影
一度ヒビの入ったものは元に戻ることはないし、ツギハギしたとしても、最初とは違っている。


何より恐ろしいことは、必死で修繕していたつもりでも、気付かぬうちに音もなく形を変えゆくことだろう。


気付いた時にはもう、取り返しのつかないことになってる場合が多い。



「良かったね、レナ。
ジルさんと同伴してきたの見て、あたし密かにガッツポーズしちゃったよ。」


声を潜めた葵の嬉しそうな言葉に、あたしは曖昧に笑うことしか出来なかった。


同伴するから、と出勤を引き留められ、あの後ギリギリまでジルに抱かれていた。


同伴の場合はいつもの出勤時間より遅くても構わないんだけど、彼と一緒に現れたことで、葵は笑顔になってくれたのだ。


で、ちょっと飲んで帰って行ったアイツを見送り、今に至るのだけれど。



「まぁ、成り行きで?」


「ははっ、何それ?
でもさ、レナ上手くいったってことでしょ?」


「いや、そうでもないよ。
てか、別にあたしら何も変わってないし。」


「そうなの?
でも、良いなぁ。」


そんな言葉を残し、葵は黒服に呼ばれ、笑顔を引き連れてあたしに背を向けた。


良いなぁ、と言われ、聖夜クンとどうなったのかを聞きたかったけど、未だに聞いて良いものなのかも分かんないし。


結局あたしは、葵のことにしてもジルのことにしても、自分から言ってくれるのを待つしか出来ないのだ。

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