月影
その後、岡ちゃんは景気づけとばかりに高いのを入れてくれたけど、病みあがりってことになってるあたしにはあまり飲ませてはくれず、自分とヘルプの子でそのほとんどを飲み干していた。


岡ちゃんの人柄は、他の人を朗らかにさせてくれる。


きっと本人は意識してはいないのだろうけど、強くたくましい父親像を見た気がした。


あたしはお父さんの、疲れ切った背中しか思い出せないけれど、あの人にも岡ちゃんみたいな友達が居たら、また違ったことになっていたのかな、なんて。


欲を出しちゃいけないよね。



「レナちゃん、お疲れー。」


「お疲れ様です、蘭サン。」


ひとり、またひとりと帰っていく姿を見送りながら、あたしは着替えることもなくソファーに腰を降ろしたまま、岡ちゃんの言葉を辿っていた。


だけどもさすがに帰らなきゃ、と思って立ち上がり、更衣室へと向かう。


ガチャリと扉を開けると、ボーッと立ち尽くしたままの葵の後ろ姿が目に入り、あたしは小首を傾げた。



「…葵?」


声を掛けると、弾かれたようにこちらを向いた顔に、また驚いたのは言うまでもない。


涙を流した葵がそこには居て、考えるより早くに駆け寄った。



「ちょっ、何事?!」


そう問うたのに、あたしの姿を見た彼女は顔を歪め、大粒の涙を零し始めたのだ。


あたふたしながら、お客に何か言われたのかとか、どっか痛いのかとか、矢継ぎ早に質問を投げてみたけれど、彼女はそのどれもに首を横に振るだけ。


あたしの脳みそ程度じゃ他に何も思い浮かばなくて、一度呼吸を整えた。



「…じゃあ、聖夜クン?」


コクリと頭が上下して、次には葵は子供みたいに声を上げて泣いた。


抱き付かれて、聞きたいこと全てを飲み込み、あたしはその背中をさすることしか出来ないのだけれど。



「……別れ、た、のっ…」

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