月影
「そりゃ困ったねぇ。」


そう、ギンちゃんは肩をすくめる。


あたし的には、こうやって彼と立ち話してる方が困るんだけど。



「あのー、もう良いですか?」


「待って、レナちゃん。
ジル、何で携帯の電源切ってるかわかる?」


「……は?」


きびすを返そうとしていた刹那、向けられた台詞に思わず眉を寄せた。


一体、何を言っているのだろうか。



「レナちゃんなら、連絡取れるかと思って。」


「…どういうことですか?」


「聞いてない?」


キョトンとした瞳に、少し迷ったが、コクリと頷いた。


何となくだけど、嫌な予感がしてならないからだ。



「ジル、毎年この時期になると花穂ちゃんに会いに行くやん?」


「…花穂、ちゃん?」


「大事なんわかるんやけど。
どこで何やってても良いねんけど、携帯の電源切るとかありえへんやろ。」


目を見開いたままのあたしに、彼は気付いていない様子で話し続ける。



「ホンマ、こんなんやったら今年はいつ帰ってくるかもわからへんし。
俺だけ困ってる状態やねん。」


やからレナちゃんなら知ってるかと思って、と、やっとあたしへと瞳が向けられた。


ギンちゃんの台詞が、先ほどからぐるぐると頭の中を回ってる。


つまりはジルは、あたしより大事な人が居て、それは“花穂”という名前の女で、邪魔されたくなくて携帯の電源を切ってる、ってこと。


あたしと居る時ですら、マメなくらいに着信音を無視しなかったあの男が、何もかもを遮断して会ってる、ってこと。



「あたし、何も知りませんから。」

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