月影
「そうかぁ。
ほな、連絡取れたら俺に電話するように伝えといて?」


幾分肩を落とし、彼はあたしに背中を向けた。


去っていくその後ろ姿をただ呆然と見つめながら、ひどい眩暈に襲われる。


少し強く吹いた春風に、足元を巣食われた気がした。



「…馬鹿ぁ…」


泣きそうだったのに、結局泣けなかった。


何だよ、結局はあたしじゃない人が居るんじゃん、って。



「…ジル…」


そう、呟いた名前が、風に消えた。


あたしはアンタにとって、一体何だって言うの?


なんて、愚問なのかな。



「レナ、何やってんのー?」


弾かれたように顔を向けてみれば、葵の姿。


まぁ、出勤前だし店の近くってことで、会うのは珍しいことではない。



「聞いてよー!
今日あたし同伴だったのに、ドタキャンされちゃったよー。」


そんな台詞に、力なく口元を緩めた。


一体何が夢で、何が現実なのかすらわかんなくて、おまけに地に足をつけて立っている実感すらもない。


ただ、ひどい喪失感だと思った。

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