月影
部屋の中へとなだれ込むと、会いたかったという気持ちが勝っていた自分自身に気が付いた。


涙が溢れて、それでもむさぼるように唇を奪い合いながらふたり、フローリングへと身を沈める。


拓真の顔が不意に脳裏をよぎり、自分自身の醜さを痛感した。



「泣くなよ、レナ。」


光のひとつも灯されていない部屋の中で、ポツリと落とされたそんな台詞。


涙が拭われ、また軽くキスをされる。


なのにまだ、あたしは泣きじゃくることしか出来なくて、春の夜風に冷えた体によって抱き締められた。



「悪かったよ、マジ。
ちょっと色々あってさ、こっちに居なかったから。」


「…嘘つきっ…」


「え?」


「アンタの嘘なんかもう良いよ!」


言ってて声が震えてて、肩で息をするように呼吸を落ち着けた。


暗がりの中でもジルの瞳は困惑するように揺れていて、相変わらずあたしは目を逸らすことしか出来ないのだけれど。



「誕生日、あたしちゃんと電話したよ。」


言ってて、本当に嫌になる。


春とは言え、ひどく冷たいフローリングを背に、手首のブレスまでもが熱を失っている。



「アンタ、携帯の電源すら入ってなかったじゃん。
聞いたよ、“花穂サン”って言うんでしょ?」


「…聞けって、レナ…」


「何聞かせんのよ!
今度は言い訳?!」


「聞けっつってんだろ!」


声を荒げたはずが逆に怒鳴られ、身をすくめた。


顔を覆っていた手は容易く退かされ、そこに彼の指が絡む。

< 149 / 403 >

この作品をシェア

pagetop