月影
部屋には微かに、煙草とカルバン・クラインの混じり合った香りが漂っていた。


絡め合っている指先はいつものように冷たいままで、それだけのことでまた、泣きそうになる。


最近のあたしの涙腺は、どうやら緩みっぱなしのようだ。



「“花穂サン”のこと、聞いて良い?」


聞きたくないけど、でも、聞かなきゃダメなんだと思った。


静かに静かにそう問うと、彼は天井を見つめたまま、「あんま聞かせたくねぇけど。」と前置きをし、ゆっくりと言葉を手繰り寄せる。



「花穂と知り合ったのは、小学生くらいの頃だったかな。」


知らないジルの横顔が、そこにはあった。


暗がりの中にポツリと落とされた名前に、無意識のうちに胸が締め付けられる。



「うちさ、ちょっと複雑っつったじゃん?
で、当時住んでたとこの隣の家だったのが花穂なんだけど。」


まぁ、幼馴染かな、と彼は、口元を緩めた。


手を繋いでいるはずなのに、ジルの存在をどこか遠くに感じてしまう。



「自分の居場所とかなくてさ。
花穂は同い年だったし、よく一緒に居たよ。」


何も知らないことで、あたし達の関係は成り立っていたはずなのに。


なのにあたしは、聞きたくないと思いながらも、気付けば口を開いていた。



「…何で、死んだの?」


「俺が殺したようなもんだよ。」


軽く言ってるつもりなのだろう、ジルの言葉。


なのにどこか悲しげに聞こえるのは、この部屋が静かすぎるからだろうか。

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