月影
「うちとは違ってさ、普通の家庭の普通の子。
そういうの、ちょっと羨ましいとも思ってた。」


だからずっと一緒に居たのかもな、と彼は、ため息を混じらせる。



「家出ても、アイツはたまにうちに来ててさ。
だからって別に何があるってわけでもなかったし、俺にとっちゃ妹みたいな感覚だったんだけど。」


「…好きじゃ、なかったの?」


「好きだったよ、普通に。
でも、それだけだった。」


知らないジルを想像して、辛くなるはずなのに、聞いてる自分が居た。


あたしの手も次第に熱を失っていって、ふたり分の冷えた指先だけが絡んでいる。



「19のある日、アイツいつものように突然うちに来てさ。
好きなの、って言うんだよ。
ずっと好きだったの、あたし達もうすぐハタチだよ、って。」


ジルの顔を、見ることが出来なかった。


多分、見るのが怖かったんだと思う。



「俺、正直花穂のことそんな目で見たことなかったし、すげぇ困って。
お前、どうかしてるよ、って言ったら、アイツはうち飛び出して。」


「…もしかして…」


そう、と彼は、唇を噛み締めた。



「雨の日の深夜だ。
見通しの悪い道路でさ。」


それ以上、決して彼は言葉にしなかった。


生きたがらない理由とか、投げやりな瞳の意味とか、それ全部、彼女の所為なのだろうか。


お互いを想いながらもあたし達は、心の中に別の人の存在する場所がある。


そんなことが、また悲しかった。

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