月影
ツギハギをするように、感情を切ったり貼ったりすることが出来たら、どんなに楽だろう。


幸せになりたい、と願ったことがあった。


でも、そんなの無理だと知ったはずだった。


欲を出せば苦しむだけだってわかってるのに、ジルの優しさに期待してる自分が居る。



「まだ、結局どこも連れてってくれてないよね?」


「…あー…」


「今度、ちゃんとどこか連れてってよ。」


「まぁ、気が向いたらな。」


口元を緩めた、いつもの顔。


それでも、こんなひねくれた台詞だけど、それは“今度”という約束になる。


頭の片隅には拓真が存在しているというのに、あたしはどこまで最低な女なのだろう。



「つか、お前との約束ばっか増えていくな。」


「…え?」


「弟探すとか、車いじってるとこ見たいとか。」


「覚えてたの?」


「覚えてるって。
俺、記憶力良い人だから。」


刹那、冷えた指先によって髪の毛を掬い上げられ、驚くように瞳を投げると、寝ろよ、と言葉を掛けられた。


あたしじゃない人を想ってるのかもしれない瞳は、今もやっぱり悲しげなまま。


ふたり、本当に記憶喪失にでもなって、こんな世界に閉じこもって居たい、と本気で思った。


雨音は、やっぱり悲しげな音色で世界を染める明け方だった。

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