月影
刹那、ジルの携帯が鳴り、彼はディスプレイを見てため息を混じらせながら、通話ボタンを押した。


聞いてないフリをして背を向けたが、聞き耳だけを立てていると、ジルは突然に「え?」と漏らす。



「…強制、捜査?」


呟かれたのは、そんな単語だけだった。


そしてわかりました、と言った彼は電話を切り、咥えていた煙草の煙を宙に向かって吐き出すのみ。



「悪ぃ、ちょっと行ってくるわ。」


恐る恐る顔を向けてみると、彼の瞳は一瞬のうちに険しいものへと変わっていた。


そんな顔と、そして“強制捜査”なんて一言に、あたしは戸惑うようにジルの服の裾を掴んでしまう。



「…ジル…」


「心配すんな。」


吐息を吐き、ジルはあたしの頭を一撫でした。


そして、大丈夫だから、なんて言う。



「明後日、チャコールに強制捜査が入るって事前情報が入ったんだ。
当分ゴタつくとは思うけど、落ち着いたらどっか行こうな。」


それだけ言って、ジルはゆっくりとあたしの手をほどき、部屋から出た。


パタンと閉まる扉を見つめながら、言葉が出ない。


たまに聞く“チャコール”という店が何をしているところなのかは知らないが、強制捜査が入るなんて尋常じゃない。


しかも、事前情報が入ったってことは、警察内部にも関係者が居るってことだし、益々あたしの頭は混乱するばかり。


ただ、ジルの無事を祈ることしか出来ないのだ。


彼が何をしているのか、あたしは未だに知らないままなのだから。

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