月影
「俺、別に泣くほど悲しいことなんてないよ。」


男の子だから、と彼は笑う。


嘘だらけのホストクラブで、それが真実かどうかは見抜けなかった。



「レナ、悲しいことでもあった?」


「…わかんない。」


「レナが泣きたいなら、俺はいくらでも泣かせてあげるよ。」


拓真はいつもそうだ。


飲みたいなら飲めば良いと言うし、泣きたいなら泣けば良いと言う。


ジルはあたしが飲もうとすれば必ず止めるし、泣けば同じくらい悲しそうな顔をする。


本当に、正反対だと思う。



「あたし、泣きたいなんて言ってないよ。」


「でも、泣きたくなったらいつでも俺のところに来ればいいよ。」


人懐っこい顔で、彼はそれが普通であるかのように言う。


ホストだからなのか、拓真だからなのか。



「犬の胸でわんわん泣けって?」


「そう、まさしくそれ!」


「ははっ、笑えないよ。」


「笑ってんじゃん。」


わざとあたしはおどけたように言うけれど、拓真はいつもそれ以上は何も言わない。


こんな場所じゃなくて、おまけに男の顔した彼に本気で言われれば、きっとあたしは流されてしまうだろう。


もしかしたら、だからこそこんな煌びやかなシャンデリアの下で会話してるのかもしれないし、関係性を変えることは、今もやっぱり怖いと思う。



「拓真の胸で泣く時は、きっと何もかもが壊れた時だと思うよ。」


逃げ場所はひとつにしなくても良いのだと、いつか葵が言っていた。


だけどそんな自分が嫌になり、結局また、アルコールを流し込んだ。


ジルとの脆い関係は、一体いつまで続けることが出来るだろう。

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