月影
「レナさん。」


接客中、黒服が近付いて来て、小声であたしの名前を呼んだ。


耳を傾けてみれば、彼はご指名です、と相変わらず声を潜ませる。


無意識のうちに入口へと顔を向けてみれば、知ったそれと目が合った。


相変わらず怪しいなぁ、なんて思いながらも思わず口元を緩めてしまい、ちょっと待っててくださいね、とお客に言って立ち上がり、その傍へと向かう。



「いらっしゃい、ジル。」


ギンちゃんも、と付け加え、彼らを席へと案内した。


ジルは先日、友人なのだという銀二くんと一緒に一度、来店してくれたのだ。


彼はジルとは違ってよく喋り、おまけに関西弁で面白い人だった。


なのであたしは、親しみを込めて“ギンちゃん”と呼んでいるが、ジル同様、それは本名ではないらしい。


まぁ、ギンちゃんは金髪で、ジルと同じくらいに目つきは悪いし、どっちみちふたり揃って普通には見えない感じだけど。



「仲良いんだね。」


「全然。」


と、ジルは眉を寄せるが、間髪入れずにギンちゃんが横から口を挟んだ。



「ジルくんは照れ屋さんやねぇ。」


「お前、普通にうるせぇから。」


「何やねん。
俺ら酸いも甘いも舐めおうた仲やんかぁ。」


「馬鹿か、お前は。
つか、お前のそういう発言が勘違いされんだよ。」


おどけるように言うギンちゃんと、呆れ顔のジルに、思わずあたしはプッと噴き出した。


何かこう、ギンちゃんと居る時だけは、ジルも人間味溢れている気がしてならない。



「お前も笑ってんじゃねぇよ。」


ジルはそう言いながら、ため息を混じらせて咥えていた煙草に火をつけた。


普通はこういった場合、炎をかざすのも仕事のうちなのだが、彼はあたしが火をつけようとすると必ず、その手を払うのだ。


「水っぽいことするな。」とのことだが、水商売の人間に言う台詞ではないな、と思うんだけど。


なのであたしは、ジルの煙草に火をつけたことは、プライベートを含めても一度もない。

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