月影
今までうちのお店は、それなりにみんな仲が良く、平和だったとは思う。


それもこれも、蘭サンが不動のナンバーワンだったから。


誰も彼女を抜けなかったし、ナンバーワンになりたいと口で言ったとしても、どこか現実的に思えなかったのだ。


蘭サンだって他の人を追い抜いてナンバーワンになったのだから、当然と言えば当然なはずなのに。


なのに葵がナンバーワンになったことで、このお店の調和が少しずつ、保てなくなってきている気がした。


現に葵と仲が良いあたしは、蘭サンのオトモダチにまで睨まれている。


サキちゃんも最近では実力をつけ、確実に順位を上げているからこそ、変化が少し怖かった。


何より、本気であたしもナンバーワンを目指すなら、最終的に葵を抜くことを考えなければならないのだし。



「聖夜、クロス辞めたよ。」


拓真が真面目な顔でそう言った。


目を見開いたあたしに彼は、マジで、と付け加える。



「…何で?」


「俺も理由までは知らないけど。
でもさ、俺らの周りって大学卒業して新卒で働き出した年だし、アイツなりに考えて決めたことじゃない?」


向かい合う彼は食事に端を落としながら、仕方がないよ、とだけ言う。


別々の道を歩むことを決めたふたりは、くしくも同じ時期に、人生を変えたということか。


まるで選択を急かされているようで、焦る気持ちが心を支配する。



「俺は、勝つまで辞めない。」


真っ直ぐに、そう拓真は、あたしの瞳を捕らえた。



「…それ、あたしに営業掛けてる?」


「違うよ。
でも、決意宣言、かな。」


真剣な顔から一変したように犬顔で笑い、また彼は焼き肉をつついた。


流れの中に取り残されたような、そんな感覚に陥り、あたしは何も言えなくなってしまう。


拓真とのこんなひとときだって、もしかしたらそのうち、無くなってしまうのかもしれないし。

< 190 / 403 >

この作品をシェア

pagetop