月影
「葵ちゃん、ナンバーワンになったんだって?」


先越されちゃったな、と彼は笑った。


あたしには、ナンバーワンを目指す理由もなければ、本当はこうして拓真と食事する理由だってない。


どこにも居場所がないような感覚は、もう自分に馴染んでいたと思っていたのに。


焼けていく肉を見つめながら、今日はチューハイだというのに、何故か気分が悪くなった。



「ごめん、拓真。
あたしもう帰るね。」


「…レナ?」


「ホントごめん。
でも、ちょっと調子悪いし、この後予定あるの忘れてたから。」


思うままに言葉を並べ、立ち上がって小走りで店を出た。


拓真のあの、目標を持つ真っ直ぐな瞳を見続けることが苦しかったのだ。


少しだけ梅雨に近づいた、湿度を含んだ風が通り過ぎる。


無駄に続けるのなら、もう本当に、辞めるべきなのかもしれない。


でも、辞めたって相変わらず、あたしの居場所なんてどこにもないんだろうけど。





気付けばジルに電話を掛けていた。


ただ、確固たる居場所が欲しかっただけ。


ジルは何も聞かずあたしを迎えに来てくれ、そのまま彼の部屋に泊まった。


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