月影
「落ち着けよ、ギン。
んなの、レナに聞かせる話じゃねぇだろ。」


ジルが言うと、ギンちゃんはあたしを一瞥した後、また舌打ちを混じらせ、彼はジルの胸ぐらを掴んでいた手を離した。



「お前、本気なん?」


問うたギンちゃんに、ジルは言葉を返さないまま。


そんなことに心底イラついたのだろう彼は、ガッ、と近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばし、あたし達に背を向けその場を去った。


ジルはため息を吐き出しこちらへと顔を向けるのだが、あたしはと言えば、未だ心臓は早いまま。



「気にすんなって。」


まるで先ほどのことが嘘であるかのように、ジルは安心させるようにあたしへと口元を緩めた。


事の発端は、あの日の強制捜査の事前情報なのだろうか。


今更ながらに、彼はあたしと一緒に居る場合ではなかったのだと知った。



「…ジル…」


幾分震える手で買い物袋を握り締めると、それはカサッと小さく音を鳴らした。


ジルはそんなあたしから視線を外すと、「何も聞くな。」とだけ言う。



「悪ぃ。
俺、そろそろ仕事行かなきゃだわ。」


「…うん。」


「お前、大丈夫か?」


「大丈夫だよ。」


大丈夫なわけなんてない。


でも、それ以外の言葉は見つからなかった。



「また連絡するから。」


それだけ言った彼はあたしを残し、ひとり車へと乗り込んだ。


走り去っていくそれを見つめながら、あたしは顔を俯かせるようにして唇を噛み締めることしか出来ないまま。

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