月影
一度他のお客のテーブルに行き、またジルの席へと戻ると、彼らは昭和のような手相の話で、何故か大爆笑をしていた。


そして彩は、「ジルさんって生命線短いですねー!」などと言っているが、あたしは笑うことすら出来なかったのだ。


だって、あまりにもリアルすぎるじゃない。


また込み上げてきた吐き気を堪え、作った笑顔を向けた。



「…ギンちゃん、は?」


「あぁ、アイツは今、別件でちょっとな。
のん気に女の相手してる場合でもなくなってきたし。」


瞬間、ゾッとしたが、あたしの恐怖は場内のわーっと言う歓声に掻き消された。


それは葵のテーブルからで、小柴会長が一番高い酒を部下らしき人達に振る舞うために、数本入れたから。


蘭サンは影でわなわなと震えていたが、多分それは、あたし以外に誰も気付くことはなかったろう。



「景気良いねぇ、会長様は。」


ペロッと舌を出したジルの連れてきた若い子のうちのひとり、タカくんがぼそっと言って顔をニヤつかせた。


が、すぐにジルに睨まれ、へへっと笑う。



「そういえばみなさん、何のお仕事してらっしゃるんですかぁ?」


空気読めよ、と言いたくなる彩の一言だった。


多分本人に変な意図はないのだろうが、だからこそ余計にあたしは苛立ち、「彩!」と制止したのだが、悪酔いしているのだろう彼らはその瞬間、にんまりと笑う。



「俺らねぇ、悪いことやってんだよー。」


「そうそう。
だから警察さん怖いのー。」


タカくんと、そしてもうひとりのヨッシーくんが、おどけたように言ってみせる。


刹那、ジルは本気で舌打ちをし、「おい。」とふたりを睨み上げた。



「飲み過ぎだ。」

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