月影
たった一言だった。


でもそれは、恐ろしいほどの威圧感だった。


先ほどまで笑っていたはずのふたりの顔は引き攣り始め、すんません、とどうにか誤魔化そうとしているようだが。


これが、ジルの本当の顔。


一瞬が何十秒にも感じるほどの張りつめた空気の中で、ジルは諦めるようにため息を吐き出し、彼らもほっと安堵の表情になる。


彩たちもまた、先ほど何が起こったのかもわからなかったとばかりに、幾分口元を引き攣らせながらも笑っていた。



「悪ぃな。」


多分、ジルもまた、余裕がないのだろう。


いくら仕事の延長で騒いでるとは言え、普段の彼なら確実に、人前でそんな顔なんてしないだろうから。


葵も、ジルも、やっぱり心配になってしまう。



「とりあえず、俺らもう帰るわ。」


そう、彼は来たフルーツ盛に口をつけることもなく、立ち上がった。


バツが悪かったのだろう、タカくんもヨッシーくんも、すっかり酔いも醒めたと言った顔で同じように立ち上がる。



「今日、終わったら迎えに来てやるから。」


「…仕事は?」


「良いよ。」


それだけの言葉を残し、ジルはいつもに増して高いみんなの支払いを一括して済ませ、帰って行った。


葵は未だ小柴会長と騒いでて、さすがにこめかみを押さえることしか出来なくなったのだけれど。

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