月影
「レナさん!」


やっと帰れると思った間際、彩に呼び止められた。


ちなみに葵は、声を掛けるより先に、小柴会長とのアフターにダッシュしてしまうし。


正直あたしの顔色はヤバいもので、まず「大丈夫ですか?」と問われてしまう。



「…何?」


「今日、場内取れて嬉しかったです。
レナさんのおかげだなぁ、って思って。」


あぁ、とこめかみを押さえた。



「あたし別に、何もしてないから。」


そう言ったのに、何故だか彼女はへへっと可愛く笑っている。


まぁ、この子は見るからに甘え上手で、クネクネしてる系の女ではあるのだが。



「それより、レナさんってジルさんと付き合ってるんですか?」


「んなわけないじゃん。」


もう馴染んだような質問をぶつけられ、あたしは愛想笑いすらせずに言葉を返した。


とにかく、吐きそうで堪らない。


懸命におぼつかない足取りで外に出るあたしの後ろを、彼女は何故だか着いて来る。



「危ない人って感じでしたね。」


「知らないよ。
てか、仕事も本名も興味ないし。」


そう、わざと突き放すような口調で言うと、彼女はそうですかぁ、と肩をすくめた。


話しを終わらせようと背を向けあたしは、待ち構えていた見慣れた黒塗りの高級車に乗り込む。



「お疲れ、彩。」


言うと、それはすぐに走り去る。


きっと彼女も運転席の人物には気付いたのだろうが、「お疲れ様です。」と返してくるだけだったのだ。


煙草とカルバン・クラインの混じり合った匂いに、やっとあたしは安堵のようにため息を吐き出した。

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