月影
「こんな店、辞めてやるわよ!」


彼女の荒げる声が、更衣室に響く。


本日、葵は2ヶ月連続で首位になり、蘭サンと取り巻きは金切り声で叫んだのだ。


声には驚いたものの、いずれはそうなるだろうとあたしは、言葉自体に驚きはなかった。


ただ、そこまでは、だ。



「あんなジジイと寝てまでナンバーワンになるヤツの気が知れない!」


さすがに、我が耳を疑った。


葵が小柴会長と寝て、ナンバーワンを取ったとでも言った台詞なのだから。


ほとんどの女の子たちはすでに帰り、部屋にはあたしと葵とサキちゃん、そして蘭サンと取り巻きの女たちだけとなっていて、さすがに一触即発のような空気さえ漂っている。


が、葵は何も言わず、無視を決め込んだまま。


きっとそれにさえも腹が立ったのだろう蘭サンは、さらに捲くし立てる。



「店長とまで寝るとか、どういう神経してんだろうね!
こんな腐った店なんて、遅かれ早かれ潰れるわよ!」


捨て台詞にしては、リアリティーがありすぎる。


あたしとサキちゃんは、共に恐る恐る葵の方へと顔を向けると、彼女はひとつため息を落とし、「馬鹿みたい。」と言ったのだ。



「もう、蘭サンの時代じゃありませんから。
負け惜しみしか言えないなんて、笑っちゃいますね。」


刹那、蘭サンは葵に掴みかかった。


さすがにサキちゃんは止めに入ろうと試みたようだが、それもあまり意味はなく、結局は声を聞いて駆け付けたマネージャーに制止される形となったのだ。


執念の女の戦いに、ゾッとした。



「いい加減にしないか!」


その場の全員が肩で息をする中で、あたしひとりが取り残されたようだと思った。


蘭サンの言葉のどこからどこまでが負け惜しみなのか、わからない。


葵を信じたい気持ちはあるが、最近の彼女のことなんて全くわからなくて、ありえないとは言い切れない自分が居たから。

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