月影
ジルとはあれから、一度だけ会った。


自宅に呼ばれ、あたしの作ったご飯を食べて、一緒に恋愛映画観て、んで、一緒に眠るだけ。


ジルと一緒だと、少しだけ食事に端を落とすことが出来た。


多分ジルは、あたしの生息の確認でもしたかったのだろうが、彼もまた、あたしと一緒に居ると眠ることが出来ると漏らしていたのだ。


もしかしたら、共依存に近いのかもしれない関係。


セックスをしなかったのは、ジルなりにやっぱり気を使ってるのだろうけど、抱かれなければあたしは、一体何のための飼い猫なのだろうとも思う。


まぁ、今のあたしだと確実に、首を絞められたらそのまま力を抜くことを選ぶだろうし、ジルもきっとそれがわかっているからこそ、求めて来なかったのだとは思うけど。


影で、疲弊した顔をしているのは知っていた。


チャコールというお店がどうなったのかは知らないし、多分今も普通に別の女を抱いているのだとは思うが、ふたりっきりの部屋にそんな事情を持ち込むことのない男だ。


あの部屋が何も変わらないことだけが、唯一あたしの救いなのかもしれないけれど。



「うちの弟さ、料理人の見習いだったの。
あれ食べてからさ、他の何食べてもあんま美味しいとは思えなくなって。」


困ったように笑うと、きっと食事にでも誘い出そうとしていたのだろう岡ちゃんは、言葉を飲み込む顔をした。


折角お金を払って来てもらってるのに、こんな話しか出来なくて、本当に申し訳ないとしか思えないんだけど。



「…大丈夫、なのか?」


「あたしね、独りで居たくないんだと思う。
お店出てる間はさ、余計なこと考えなくて済むし。」


岡ちゃんは、少し悲しげにため息を吐き出した。


いつもは豪快に笑ってるくせに、らしくない顔にこちらまで辛くなる。


この人の前だと上手く笑えてる自信すらなくなり、それでも泣かないようにすることだけに必死だった。


シュウを失った悲しみと、そしてジルの心配で、押し潰されてしまいそうだ。

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