月影
「でも、レナさん。
実際、葵さんとは未だに話してないわけでしょ?」


「…うん、まぁね。」


「裏切られたように思いません?」


チクリ、と胸を刺激された。


そんなあたしに気付かず彼女は、怒りを思い出したように捲くし立てる。



「あたし、アイズ辞めて良かったと思ってますよ。
マジ、やってられないですよ、あんな店で!」


「サキちゃん!」


制止したのは、拓真だった。



「どんな店であろうと、レナの働く店だよ。
それを悪く言うのは、俺が許さない。」


そして、レナは俺の客だよ、と付け加える。


さすがにあたしもサキちゃんも驚いて、ふたり、顔を見合わせた。


拓真は少しため息を混じらせ、席を立つ。



「…すいません、レナさん。」


「良いよ。
でも、拓真があんなこと言ってくれるなんて思わなかった。」


小さくなったサキちゃんに、あたしは困ったように笑って見せた。


本当に、気になどしていなかったのだけれど。


拓真の方を一瞥してみれば、彼はトオルさんに呼び止められ、小声で何かを話しているようだった。


と、言うか、怒られているようにも見える。


そりゃそうだろう、だってサキちゃんはナンバーワンのトオルさんの客で、それに意見したなんて論外だ。


なのに彼は、自分の立場を悪くしてまで、あたしの居場所を守ってくれたのだ。


自分の客だからか、それともあたしだからか。

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