月影
それから拓真とトオルさんは、同じテーブルに居ても言葉を交わさなかった。


さすがに見かねたサキちゃんがトオルさんに、拓真くんは悪くないよ、と言っていたものの、プライドの高い彼がそれを素直に聞くはずもない。


それどころか余計に不機嫌さをあらわにしてくれ、よくこんなんでナンバーワンだな、と思った。


が、サキちゃんが彼の機嫌を直すためにまた高いのを注文し、程無くしてトオルさんの機嫌は戻ったのだ。


正直、さすがはナンバーワンだな、と思い直したわけだけど。


何より拓真に至っては、気にさえしていない様子で、あたしは彼のこの後のことばかり気にしてしまう。



「拓真、そんなんで良いの?」


あたしの所為ではあるが、さすがにおずおずと聞いてしまう。


すると彼はいつもの犬のような顔で笑い、煙草を咥えた。



「レナは一生懸命頑張ってんじゃん。
それ否定されてんだよ?」


「…けど…」


「俺は俺の客が大事だし、トオルさんはトオルさんの客が大事なだけ。
それに俺、元々トオルさんに嫌われてるし、全然問題ないよ。」


そこまで言われてしまえばさすがに言葉も返せず、あたしは口をすぼめてアルコールを注文した。


とりあえず、あたしに出来るのはこれくらいだし、と。


ひそひそと話していると、サキちゃんは帰りまーす、と席を立った。



「レナさん、また今度ふたりでご飯行きましょうね。
ホント、今日はすいませんでした。」


それじゃ、と彼女は言う。


裏表もなく、清々しいサキちゃんと居ると、救われることもあったのに。


また心に穴が開いたような感覚に陥り、そんなあたしのグラスの氷がカランと小さく音を鳴らした。

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