月影
「とりあえずさ、生きててくれて良かったよ。」


そう漏らしてみれば、ゆっくりと、彼はあたしから体を離すようにして部屋の中へと入ってしまう。


もちろん足取りはおぼつかないし、思わずその背中を追ってしまうんだけど。



「ピンドン入れてくれるまでは死んでもらっちゃ困る、ってか?」


「そんなこと言ってないでしょ?
てか、そんなのどうだって良いんだよ、本当は。」


「へぇ、そう。」


ジルは勝手にあたしの家のベッドへと横たわり、そのまま宙を仰ぐようにして火もついていない煙草を咥えた。


困ったなぁ、と思って仕方なくあたしもベッドサイドへと腰を降ろすと、彼の伸びてきた腕によって引き寄せられるような格好になってしまう。



「俺、寒いの苦手。」


あたためてくれ、と言う意味なのだろうか。


まるで呟くような台詞が宙を舞い、あたしは訳もわからぬままにその体へと身を預けた。


お酒と香水と煙草の匂いが入り混じり、心臓の鼓動がダイレクトに耳に響く。



「体、冷たいね。
お風呂沸かそうか?」


「良いよ、お前で。」


何かあったのか、とは、相変わらず聞けなかった。


ただ、今は本当に生きててくれて良かったと思ったし、ジルと居る限り、一生こんな風にして不安にならなきゃいけないのかな、とも思う。



「…吐きそうなんだよ、自分自身に。」


「吐き出しちゃいなよ。」


そう言ったのに、ジルからの次の言葉はなかった。


まるで今にも死にそうな感じだし、不安感なんてものは拭えないまま。



「あたしじゃ、役に立てないの?」

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