月影
彩は毎日のようにあたしにもお客にも、同じように甘ったるい顔で笑顔を見せていた。


あの日のことは、未だに問うことが出来ていない。


きっと彩も腹の底に何か隠し、何事もなくあたしに向けて笑っているのだろうと思うと、嫌悪感さえ抱いてしまう。


それでも、互いに上辺だけの友達面だ。


拓真からの電話に、正直グラつきそうになった。


だから出なかった。


夏の夜風に撫でられながら、久しぶりに帰路を歩く。


アルコールは少しずつ抜けていき、どうしようもなく空っぽな自分にまた気付き、吐き気を覚えたその刹那。



「…嘘っ…」


目に映る光景に、ただ愕然とした。


向こうの通りを、ジルと彩が並んで歩いていたから。


腕を組んで、顔を見合せて笑い、立ち止まったジルが煙草を咥えると、彩がそれに火を灯す。


また笑った彼らはどちらからともなくキスを交わし、再び足を進め、真夜中の繁華街へと消えて行った。


あたしはそんな光景を、ただ遠くから見つめたまま、立ち尽くすことしか出来なかったのだ。



「…何、で…」


何が起こったのかわからなかった。


どう見ても自然なカップルの姿に、今更になって体が震え出す。


ジルは彩のことをいぶかしげに話していたはずだった。


店長もまた、見張っとけ、と言っていた。


彩があたしに内緒でジルに電話番号のひとつでも渡したのだろうが、彼がそれに応じるとは思えなかったのだ。


誰を抱いていても良いと思っていたはずなのに、ジルが彩を抱いているところを想像すると、立ってさえいられなくなってしまう。


アイツとは切れろ、と言ったギンちゃんの言葉を思い出し、やっとその意味を知った気がした。

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