月影
彼女はお姉ちゃんとふたりで暮らしていて、家には何度か入ったことがあった。


扉の前に立ち、少し呼吸を落ち着けてチャイムを押したが、もちろん反応はない。


先ほどから携帯に掛けてるけど、そっちもすぐに留守電に切り替わるし、他に思い当るところがないのが実情だ。



「葵、居ないの?
居るなら開けてよ、頼むから!」


そう、ドアの前で声を大きくすると、少しして、扉が開いた。


会ったらキレてやろうと思っていたが、部屋着でおまけに泣き腫らしたような顔が覗き、言葉を忘れてしまう。



「…レナ…」


か細い葵の声。


とりあえず中へと入ったものの、彼女は未だ隅で立ち尽くしたままだ。



「…ごめん。」


涙混じりの声色は、まるで聖夜クンと別れたあの日のよう。


あれ以来ずっと強気だった彼女の仮面は、いつの間にか外れていた。



「…店長、怒ってるよね?」


呟くような台詞を聞きながら、無断欠勤して怒らない人なんて居ないだろう、と思った。


仮にもナンバーワンがこんなことをして良いはずなんてないし、だからこそ、相当な理由があるのだろうとも思う。



「店長と、何かあった?」


問うと、葵は首を横に振った。



「レナ、勘違いしてるよ。
店長と寝たのは、たった一回。」


何でそれを、ちゃんと言ってくれなかったのだろう。


ずっと店長とは、影で関係が続いているのだと思っていたけど。



「小柴会長、逮捕されちゃった。」

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