月影
弟、シュウは脳に腫瘍があって、とても難しい場所らしく、手術で取り除くことは不可能なんだと言っていた。


父親はシュウの入院費を稼ぐために働き詰めで、母親もまた、看病に付き添いながら夜は清掃員のパートをしていたっけ。


あたしに出来ることと言えば問題なく毎日を過ごし、そして遅くに帰宅する両親のために、晩ご飯を作ること。


シュウのために何もかも我慢してきたし、大学進学だって諦めたのに。


なのにアイツは、そんなあたし達を裏切ったんだ。


経過は良好で、一時退院を許されたある日のこと、シュウは置き手紙ひとつであたし達の前から姿を消した。


探さないでください、とか、普通の生活がしてみたかったんだ、とか。


ふざけんじゃねぇよ、と強く思ったことを覚えている。


捜索願いってヤツも一応出したけど、当然見つかるはずもなく、それからすぐに、あたし達家族の関係は壊れ始めた。


母親に至っては、心神喪失って感じで自分を責め、あたしはいたたまれなくなり、逃げるように家を出たのがそれからすぐのこと。


シュウを探すために、あたしは夜の世界に身を置いたのだ。



「…寒いって、マジ…」


それもそのはずだろう、あれからもうすぐ一年半になろうとする冬の夜は身悶えるほどに凍てついていて、刺すような風が吹く。


すっかりアルコールは抜けてしまったけど、馬鹿なことなんか考えず、素直に送ってもらえば良かったかな、なんてことまで思ってしまうのだから。


シュウは見つからないどころか、生きてるのか死んでるのかですらわかんない。


探すなんて言ってもアテはないし、いっそ死んでくれてれば、警察辺りから連絡だってくるだろうに。


本当に、何でこんなことをしているのかわからない上に、毎日毎日虚しさは募る一方だった。

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