月影
「…怒ってないんですか?」


「何のことについて?」


「…その、内緒で連絡を取ったり、とか。」


そんなこと、今にわかったことではない。


数打ちゃ当たる精神なのか、彩が客に携帯番号をばら撒いているのは周知の事実だし、怒るというよりはもう、呆れているのだ。


何より、ジルもジルだろう、と鼻で笑ってしまう。



「好きなんでしょ?」


切り出したのはあたしだった。


長々とそんな話をしてたいわけじゃないし、何より彩は、言いたそうな顔をしていたから。


実際、あたしの言葉に彼女は、はにかむように頬を赤らめたのだ。


恋する可愛い女の子。


そんな表現がぴったりで、幸せそうな顔に、余計にコーヒーの苦味を感じてしまう。



「レナさんとみっくんは友達なんですよね?」


「…みっくん?」


遅れて、ジルのことか、と思った。


それが本名なのか、はたまたそれすら偽名なのかは知らないが、それにしても不似合いな名前だ。


それと共に、あたしが知らない名前を呼ばれている彼を、余計に別人のように遠く感じた気がした。



「協力してください!」

< 303 / 403 >

この作品をシェア

pagetop