月影
色を掛けているお客のひとりに、ムッちゃんという人が居る。


言い方は悪いが彼は、女性経験が乏しく、ある意味純朴なのだろう、いつもあたしに「愛してる。」と言ってくれている。


ジルに悲しい目をしていると言われたあたしに向かって、「レナは優しい目をしてるね。」と言ってくれるのだ。


だからこそ、自分自身がわからなくなる瞬間があった。


違う名前で、別のあたしを見て、彼は愛の言葉を与え続けてくれるのだ。


それはジルとあたしくらい、偽物ということ。


何にもならない関係だらけで、本当に疲弊していた。


そんな中だからこそ、拓真の何でもない優しさが心地よくも感じていたのだ。



「レナって好きな男居んの?」


「…わかんない。」


「正直者めー。」


つまりはそれは、拓真に対しても“わかんない”ということ。


笑いながら言う彼に、あたしは曖昧な顔しか出来なかった。


今頃彩は、出勤している頃だろう。


だとするなら、ジルがギンちゃんを連れ立って店に現れている可能性だってある。


まぁ、今となってはどうでも良いことだけれど。



「俺と付き合っちゃえば楽しいのに。」


「…下心ないんでしょ?」


「単純な意見だよ。
俺に流れればそんな辛い顔しなくても良いのに、って。」


拓真はあたしのことをちゃんとよく知っていた。


何が好きで何か嫌いか、何に喜び何に悲しむのかも、ちゃんと知っている。


でも、あれほど一緒に過ごしたジルはどうかと問われると、それすら疑問に感じた。


彼はあたしを必要とはしていないということ。

< 307 / 403 >

この作品をシェア

pagetop