月影
「仕事は?」


「今日はすることねぇから。」


ふうん、って言葉しか出てこなかった。


思えば高級車乗ってるし、あたしは今まで、ホテルも何もかも全部ジルの奢りだったし、本当にお金持ってるんだとは思うけど。


ぐつぐつと煮立ち始めた鍋の中身を確認し、あたしは彼へと向き直る。



「聞かない方が良いんでしょ?」


「別に。
ただ、お前が聞いたってロクなことねぇよ。」


「嫌われたくないんだ?」


「セフレ居なくなると困るし。」


「あっそ。」


ホント、何で嘘でも良いから素直に言わないのだろう。


別にあたしはジルに何も求めてないし、セックスしてりゃ大体のことは気持ちの整理が出来るから、それでまた少し、頑張れるんだ。


居なくなったら困るのはあたしも一緒だから、やっぱりそれ以上は聞かなかった。



「ねぇ、ジル。」


「ん?」


「たまにで良いしさ、思い出した時で良いから、あたしに会いに来て。」


「…レナ?」


別に、他の女や仕事より優先して欲しい、と言う気はなかった。


それでもたまにで良いから寂しい時は、あたしを抱き締めに来て欲しいと思う。


偽物の愛でも、ないよりはずっと良いから。



「何かあったらさ、いつでも電話してこいよ。」


そんな言葉が優しく投げられて、あたしは少し緊張していたような身を解いた。


思わず小さく笑ってしまい、ちょうどのタイミングで鍋の中身は煮立ってくれる。

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