月影
「勿体ないですねぇ。」


いつまで経ってもこの人は、キャストの全てに冷めた敬語を使い続けている。


新店長だと思っていたはずの人は、いつの間にかこの場所に馴染んでいた。



「アナタなら、上手く立ち回ればもっと稼げるのに。
なのに何故、それをしないんですか?」


「…お客と寝ろ、ってことですか?」


「そうは言ってませんよ。
けど、それくらいの気負いがあっても良いはずです。」


彼はきっと気付いているのだ。


今のあたしがどれほど毎日を無難に過ごそうとしているかということを。



「上から3番目で、何故満足しているんですか?」


彼はため息を混じらせ、そして続けた。



「あなたは惑わす側の人間でしょう?
なのにつまらないものに惑わされてどうするんですか?」


まるで見抜いているかのような台詞だった。


誰かとの関係も、色恋も、そんなくだらないものに、とでも言いたいのだろう。



「満足してないのは店長でしょ?」


「えぇ、そうです。
だから正直、そんな腑抜けた顔をされてると迷惑なんですよ。」


まぁ、当然の言葉だろう。


すいませんとだけ返し、あたしはその場を離れた。


それでもまだ、ジルよりは、考えていることが明確で良かったのだ。

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