月影
一番訪れてほしくなかったこと。


でもそれがいつか訪れるということは、頭ではわかっていたのだ。


ただ、受け入れることを拒み続けていた。




ジルからのたった一度の着信を無視した時、これで良いのだという思いは微塵もなかった。


迷って、散々迷って、でも怖くて出ることは出来なかった。


言われるのだろう言葉を聞くことも、突き付けられるのかもしれない現実も。


そこに幸せな想像は、介在してなどいなかったから。






「レナ、開けろ。」


突然来るのは彼の悪い癖だ。


声の主の顔なんて考えるまでもなく、ドア越しにあたしは、見えもしないのに首を横に振った。



「…帰って、ジル…」


言えたのは、たったそれだけ。


頼りない声で、それでもあたしの精一杯だった。



「開けろ。」


もう一度低く、彼は言った。


結局どうすることも出来なくて、諦めるようにあたしは、ノブに手を掛ける。

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