月影
それでも、怒ればこの人の思うままだろうとあたしは、込み上げてくるものを必死で押し殺した。


嶋さんは、チッとあからさまに舌打ちを混じらせる。



「泣いて震えながら許しを請うてれば、まだ面白味があったんだけどなぁ。
本当にネーチャン、ジルコニアにそっくりだ。」


またこの台詞だ。


忘れたいのに、でも忘れさせてはもらえない。


まるでもう、あの人があたしの内部に沁み渡っているかのよう。


外側がどんなに剥がれても、目に見えた鎖なんかなくなっていたとしても、関係ないとでも言われているみたいに。


刹那、嶋さんの胸ポケットから電子音が鳴り響いた。


携帯のディスプレイを確認した彼は面倒くせぇなぁ、と言いながら、それの通話ボタンを押す。


2,3言葉を交わして切ると、あたしへと向き直った。



「良かったなぁ、ネーチャン。
遊びは終いにしてやるよ。」


呼び出しだろう、憎々しさにさいなまれながも安堵している自分が隠せない。



「今度会ったら俺を飽きさせねぇ答え、期待してるぞ?」


そんな言葉を残し、彼は帰って行った。


あたしは脱力するようにVIP席でうな垂れる。


意識的に拓真のことを考えなければ彼のことを忘れてしまいそうだった程、未だあたしの中にはジルのことばかりだ。


そういう自分が嫌で、そして悔しかった。


ジルは今まであたしのために自分を犠牲にしてくれていたというのに、そのあたしは一体何だというのだろう。


もうこんなの、苦しすぎる。

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