月影
夏は終わったというのに、珍しく蒸し蒸しとした一日だった。


墓標のくぼみを指でなぞると、途端に忘れかけていたあの子の笑顔を思い出す。


シュウは死んだのだと、もう何度言い聞かせただろう。


その度にやりきれなくなる気持ちは、あと何度堪えれば良いのだろう。


照りつける太陽と、湿り気を帯びた風。


線香の煙は頼りなく揺れながら、空に消える。


人の声さえなく、風の音だけが支配する場所に、ジャリッと小石の擦れる音が響いたのは、それからどれくらい経ってからだったろう。


無意識のうちに振り返ると、そこに立つ人物の姿に驚きを隠せなかった。


ゆっくりと立ち上がると、彼はそんなあたしから視線を外した。



「…何、やってるの…?」


喉はからからに渇いていた。


声を絞ることが精一杯で、心臓の鼓動が速くなる。


記憶の中に刻まれた、忘れられないあの香りがして、気付けば立ち去ることも忘れていたのだ。



「今日って月命日だろ?
何かお前の弟に呼び寄せられた気がしてここに来たらさ。」


お前が居るとはな、と肩をすくめた顔。


拓真にさえ、シュウのことなんか話したことはないのに。


なのに、まさかこの人が、そんなことを覚えていたなんて。



「…ジル…」


久しぶりに、その名を呼んだ。


どうして良いのかもわからず立ち尽くしていると、彼はため息混じりに一度宙を仰ぎ、そしてこちらへと足を進めてくる。


思わず身を固くしたあたしを一瞥し、「こんなとこで襲わねぇよ。」と彼は言う。


そして淡々と、身ひとつで来た彼は腰をかがめ、墓石に向かって手を合わせた。

< 344 / 403 >

この作品をシェア

pagetop