月影
スポンジケーキに生クリームを塗ると、部屋一面に甘い香りが広がっていた。


拓真のために作っているのに、虚しくなる一方だ。


原因なんて、今更考えるまでもないだろう。


貯金は結構しているつもりだった。


多分、同年代の子たちが見たら驚く額だとも思う。


それでも、ジルが求める2千万になんて手が届くはずもない。


シュウの四十九日の日、お母さんに、ソープにでも行ってやる、と啖呵を切った。


半分はヤケのようだったけど、実際目の前に、思い悩む子が居るのだ。


風俗を汚いものだとは思わない。


そこら辺の子だってナンパされて誰ともわからない男と一夜を共にするのだから、それに比べたらよっぽどマシだとも思う。


でも、そういう問題じゃないこともわかっていた。


好きな男のために、好きでもない男に奉仕をするのだ。


綺麗に生クリームを塗り終えた後、その上に形を崩さないように慎重に、苺を乗せた。


拓真に対する罪悪感を表したようだと思うと、完璧な見た目のそれにも喜べなかった。


まるで心の中が見えないような生クリームに覆われた、苺のケーキ。


美味しそうに見えた。


ジルと一緒だ。


例え中に致死量の毒薬が混入していたとしても、見た目に騙されて口に入れてしまうように、人は彼に騙されるのだから。


あたしはどうだったのかな、と思ったところで携帯が鳴った。


明日は拓真の誕生日だ。

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