月影
静かにギンちゃんは、扉を引いた。


何の変哲もない個室のベッドに、ジルが寝かされている。


点滴の液は規則的に下に落ち、心拍計の音だけが、唯一彼が生きているのだと告げているようだ。


恐る恐るその頬に触れると、ひどく冷たくて、思わず手を引いてしまう。



「馬鹿な男やろ?」


振り返ると、ギンちゃんは自嘲気味に笑っていた。



「俺のために金稼ぐとか、アホやん。
何でもっと、自分のこと考えへんねん。」


「…知ってた、の?」


自分の所為でこの世界に身を置くことになったギンちゃんを救うために、ジルは脇目も振らずにお金を稼いでいた。


あたしと同じ店で働く彩をも喰い物にして、だ。



「昨日、ふたりが話してんの立ち聞きしてもうてん。
どうせこの馬鹿、何でもかんでも自分の所為やって思うてるに違いないわ。」


ホンマに馬鹿な男やねん。


そう言いながら、彼は唇を噛み締めた。


泣いているようにも見えて、ふたりの友情の深さを見た気がした。



「清人にはもう、これ以上苦しんでほしくないねん。
でも、そしたらコイツ死ぬやんか?」


どうしたらえぇんやろうね。


呟かれた台詞に、やっぱり涙が溢れてしまう。


どんなジルだろうと、生きていてくれれば良い。


もうあたしは、それ以上は望まない。


例え起きたら記憶喪失であたしのことなんか忘れていたとしても、二度と会えなくなることに比べたらマシだ。


再び触れた彼の手も、やっぱり冷たかった。

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