月影
聖夜クンのお店は、うちのお店からほど近い場所にある。


まぁ、この辺一帯は飲み屋街って感じだから、似たようなお店がひしめき合ってるだけだけど。



「レナ、早く!」


“クロス”という看板のある雑居ビルの壁には、ホストの顔写真が一面に並べられていて、葵はダラダラと歩くだけのあたしの腕を強引に引いた。


見目麗しい男共に出迎えられ、奥の方からはヒートアップしているような一気コールが響く。



「葵、レナちゃん!
いらっしゃい、こっち座ってよ。」


「聖夜ー!」


キャッキャッと葵は、早速彼氏の腕に絡まっている。


素直に甘えることが出来るなんてやっぱり羨ましいな、と思いながらあたしは、通された座席へと腰を降ろした。



「久しぶり!」


そう、横へと腰を降ろしたのは、あたしが指名した拓真。


別に誰でも良かったんだけど、この人は葵と聖夜クンが付き合ってるのを知ってるし、あたしが付き添いってのも知っている。


だからこそ、営業してきたりしないのが良いってだけで決めたようなものなのだ。



「レナ、元気ねぇじゃん。」


「拓真の馬鹿っぽい顔見てるとさぁ、ペットみたいで癒される。」


「おいおい、早速悪口かよ。」


そう、笑う彼を見つめながら、ジルとはまるで違うな、ってことが不意に頭をよぎって消えてしまう。


拓真は常にテンションが高い感じで、人懐っこいオーラ出まくりの男。


好きとか嫌いじゃなくて、何て言うか、犬みたいな存在なのだ。



「お疲れ気味?」


「まぁね、そんな感じ。」


わざとのように隣でイチャつくバカップルを一瞥し、そう、あたしは苦笑いを浮かべた。


拓真と軽く乾杯し、喉に沁みる味を流し込んでみれば、相変わらず連絡のひとつもよこさないジルのことを考えているのだから、始末が悪い。

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