月影
死なないで、と約束したことがあった。


まだあたし達が、辛うじて関係を保っていた頃だ。


だから今更になって、後悔ばかりが募ってしまう。


携帯は先ほどからずっと、バッグの中で着信の振動が続いている。


多分拓真だろうけど、こんな状態であの人のところになんか行けるはずもなかった。


お酒が好き、お化粧品が好き、犬が好き。


拓真に対しての“好き”も、それと同じだけのことだと、やっと気付いた。


だから例えこれが彼を裏切る行為なんだとしても、ジルを放っておくことは出来ないのだ。


だってこの人が居なくなってから、自分が生きているのかさえ定かではなかったのだから。


あたし達はお互いが居なきゃ、生さえ確認できなかったのに。



「…ジル…」


“清人”も“みっくん”も、どちらもあたしの知らない人だ。


呼び掛けたが、もちろん反応はない。


一緒に地獄に行ってあげる、と言ったことがあった。


ひとりで行かないでよ、と。


あの約束は、もう無効なのだろうか。


冷たいばかりの手を取ると、そこに涙の一滴が零れ落ちる。


愛してるのだと、そんな簡単なことさえ伝えられなかったのだ。

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