月影

夜明けの前

ジルに肩を貸してふたりで病室を抜け出したのは、それからすぐのことだった。


死ぬ前に痛み止め飲むってどうなんだよ、と言いながらもジルは、悪さをする子供のような顔をしていた。


だから怖いとは思わなかったのだ。


病室のすぐ隣には、非常階段に通じるドアがある。


びゅうっと風が舞い上がり、肌寒さは覚えたものの、ひどく冷静に上を見上げた。


一段一段を登る度、先ほど手術をしたばかりの彼は、さすがに苦悶の表情をする。


押さえていた脇腹からは、微かに血が滲んでいた。


だからと言って後日にしようなんて考えは、あたし達にはなかったのだ。


ぼたり、と血が落ちた。


ジルの息は上がっている。



「痛そうだね。」


「男は痛いって言っちゃダメなんだってさ。
うちの頭おかしい母親が言ってたよ。」


へぇ、と言いながら、だけどもあたしは笑っていた。


何だかまるで、親に内緒でふたりで家を抜け出したような感じだったから。



「困ったことに、セックスする気にもなれねぇよ。」


「最期にあたしとヤりたかったんだ?」


そう聞いた瞬間、こちらに倒れ込むように身を預けた彼の反動で、そのまま唇が重なった。


錆びた鉄のような味だった。


ジルの滴る血があたしの服をも浸食し、白い上着は真っ赤に染まる。


きっとよっぽど痛かったのだろう彼は少し虚ろな目をし、唇を噛み締めた。



「幸せにしてやれなくてごめんな、レナ。」


ごめん、と彼は、そう言った。


噛み締めるように、とてもとても切なげに。

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