月影
「女はね、ごめんよりも愛してる、って言葉の方が好きなんだよ?」


たったひとつの、あたし達の秘め事。


親も家族も親友も、拓真も彩も介在することはない。



「ずっとお前だけだったよ、愛してんのは。」


ジルにはとてつもなく不似合いな言葉で、言わせたあたしの方が逆に気恥しくなってしまう。


だからまた笑って、そして屋上へと通ずる階段を昇る。


死ぬってどんな感じかなぁ、痛いの苦手なんだよねぇ、顔もぐちゃぐちゃになるんだよね?


あたしはそんな独り言ばかり言っていた。


ゾウって実際はどれくらい大きいんだろう、みたいな感じに似ているのだと思うけど。



「何だかわくわくしてきた。」


最後にそう言うと、彼は俺もだよ、と一言だけ。


そしてやっと最後の一段を登り終えると、だだっ広いだけの屋上が広がっていた。


当然ながら四方は高いフェンスに囲まれ、さすがにこの傷のジルが超えるのは無理だろうとは思ったけど。


あっち、と彼が指差す方向に行くと、フェンスの継ぎ目がドアのようになっている。



「点検のためにあんの、それ。
暗証番号知ってるし、まぁ、任せとけって。」


自慢にもならないことを言いながら、ジルはのん気に煙草を咥えてしまう。


どうやら、今更になって痛み止めが効いてきたのだろうけど。


ひとりそちらにフラフラと向かった彼は、ガチャガチャと鍵を触り始める。


そしてカチャッと音がして、ジルはこちらに顔を向けた。



「尊敬すんだろ?」


「馬鹿。」


彼曰く、ここに昔、入院したことがあるとのことで、その頃にもこの鍵を開けて遊んでいたらしい。


暗証番号が変わってなくて良かった、と、あっけらかんとしてジルは言うのだ。


あたしは少々呆れていた。

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