月影
行こうよ、と言って、ジルの手を引いた。


なのに彼は、あたしとギンちゃんを交互に見る。


痛そうで、辛そうで、悲しそうな瞳を揺らしながら、それでもジルは、フェンスに掛けていた手を離さない。



「レナちゃんかて、どうかしてるで!」


そしてギンちゃんは、ジルへと視線を移し、



「大体お前、マサとアユどうすんねん!
兄貴のお前がおったから、あんな状態でもちゃんと育ってたんやろ?!」


数々のものが、ジルの未練になる。


あたしではなく、そちらを選ぶのだろうか。



「もう良い。」


低く険しい声は、それまで黙って少し向こうで事態を見守っていただけの、嶋さんの吐き出したものだった。


茶番は終わりだ、と彼は言う。



「清人、望みは何だ?」


そう、嶋さんは煙草を咥え、こちらへと瞳を投げる。


ジルは確認するようにゆっくりと顔を上げ、また視線を下げた。



「…金ならあるだけ全部出すから、だから陸のこと解放してやってください…」


悔しそうに、彼は声を絞る。



「…もう、誰も苦しめないでやってくださいっ…」


ジルは嶋さんに縋ったのだ。


フェンスを握り締め、もちろんあたしと手を繋いだまま、助けてください、と彼は言う。


それがどれほど屈辱的なことなのか、あたしには計り知れない。


それでも、自分のプライドを守ってきた彼が、初めてこうべを垂れたのだ。


キヨ、とギンちゃんは、力なくも呟いた。



「いらねぇよ、もう、お前らなんか。」

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